秘湯の代償
道北の狭い山道を車で走っていると、路肩の熊笹に半ば隠れて「ロテン→」となぐり書きされた木片を見かけた。
道北の狭い山道を車で走っていると、路肩の熊笹に半ば隠れて「ロテン→」となぐり書きされた木片を見かけた。
その頃、私はスマホやネットへのアクセスなしで、中米を彷徨っていた。地図の空白を塗りつぶすゲームのように各国を訪れ、最後にエルサルバドルの首都、サンサルバドルにたどり着いたのだった。
昨年の夏、数十年ぶりに道北サロベツの豊富町を訪れた。
旅先のサンノゼで乗り込んだタクシーの運転席には、アジア系の男性が座っていた。四十前後だろうか。走り出してすぐ、携帯電話が鳴った。ハンズフリーで通話が始まる。最初は英語だったが、すぐに聞き慣れない言語に切り替わった。
私はときどき、大学の図書館に足を運ぶ。学生でも卒業生でも教職員でもなく、近隣に住む市民として利用を許されている。広々とした空間は静寂に満ちていて、一時的に集中するには便利な場所だ。試験期間を除けば、自由に出入りできる。
世界のどこにいても、中華料理に助けられてきた。
JR旭川駅で乗り継ぎの待ち時間ができた。次の普通列車まで数時間ある。急ぐ旅ではない。乗車券は途中下車を許している。わずかな時間でも駅と街を歩けば、鉄道旅の楽しみは確実に増す。
20世紀の終わりが見えてきた頃、私は都内のアパートから週に一度、埼玉の浦和まで英会話講師のアルバイトに通っていた。
初めてカヌーに乗ったのは、もう何年も前のことだ。道東の湿地をゆっくりと進むあの感覚が忘れられず、いつかまた北海道の川を下ってみたいと思っていた。
物理は最も苦手な科目だったが、あの先生のことだけは好きだった。